大判例

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札幌高等裁判所 昭和59年(ネ)230号 判決 1985年11月21日

控訴人

一宮敏之

右訴訟代理人

小田勝

被控訴人

株式会社吉智商事

右代表者

佐藤ケイ子

右訴訟代理人

向井清利

主文

原判決を取り消す。

本件を札幌地方裁判所に差し戻す。

事実

一  控訴人は、控訴の趣旨として、「原判決を取り消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴人は、控訴の趣旨に対する答弁として、「本件控訴を棄却する。控訴費用は控訴人の負担とする。」との判決を求めた。

二  当事者双方の主張及び証拠の関係は、主張につき、控訴人の主張を次のとおり付加し、証拠につき、本件記録中の書証目録及び証人等目録の記載を引用するほかは、原判決の事実摘示と同一であるからこれを引用する。

(控訴人の主張)

原審の訴訟手続には、次の訴訟手続に関する規定の違背がある。

1  口頭弁論期日呼出状及び訴状の送達について

郵便送達報告書には、控訴人が昭和五九年五月一九日午後二時一五分、郵便により、口頭弁論期日呼出状及び訴状の送達を受けた旨記載されているが、控訴人は、これを受領していない(民訴法一六四条一項違反)。

2  判決正本の送達について

郵便送達報告書には、控訴人の事務員・雇人・同居者たる訴外一宮秀次が昭和五九年七月二一日午後二時四〇分、郵便により、判決正本の送達を受けた旨記載されているが、右一宮秀次は当時控訴人とは、右いずれの関係・地位にもなく、したがつて、送達受領権限を有する者ではなかつた(同法一七一条一項違反)。

よつて、これらの訴訟行為はいずれも無効であるから、原判決を取り消すべきである。

理由

一本件記録によれば、原裁判所は、昭和五九年六月一五日午前一〇時本件につき第一回口頭弁論期日を開いたところ、被控訴人(原告)代理人が出頭したのみで、控訴人(被告)は、答弁書、その他の準備書面も提出しないまま出頭しなかつたので、被控訴人代理人による訴状陳述等の手続を経た上、直ちに弁論を終結し、昭和五九年七月二〇日午前一〇時被控訴人の本訴請求を認容する判決(いわゆる欠席判決)を言い渡したことが明らかである。

二まず、前項の事実を前提に、本件控訴の適否について判断する。

<証拠>によれば、郵便局員の入舟亮太は、民訴法一六二条二項に定める送達実施機関として昭和五九年七月二一日午後二時四〇分、送達場所である札幌市豊平区平岸四条一三丁目一四番地第二吉智ビル地下一階の控訴人経営の喫茶店ウイーンに赴き、右喫茶店カウンター内にいた一宮秀次に対し、同人を送達受取人の控訴人の事務員雇人又は同居者(以下「同居者等」という。)に当ると判断し持にこれらの関係を確認することなく同居者等として原判決の判決正本を交付する旨の送達手続(民訴法一七一条一項いわゆる補充送達)をとつたところ、右一宮秀次はこれを受領し、かつ、送達報告書に控訴人の同居者等として所要の欄に署名したことが認められ、かつ、本件記録によれば、控訴人は昭和五九年九月二〇日本件控訴を提起したことが明らかである。

そこで、右一宮秀次が民訴法一七一条一項の送達名宛人たる控訴人の同居者等として正当な送達受領権限を有するか否かについて検討するに、<証拠>によれば、控訴人の弟である一宮秀次は、昭和五九年七月二一日当時東京に在住していた者であるが、来札の折には肩書地の控訴人方に滞在するとともに、かねてから控訴人の経営する右喫茶店に立ち寄ることがあり、ときにはカウンター内に入り、喫茶店の業務を手伝うこともあつたこと、、しかしながら、一宮秀次は、昭和五九年七月二一日当時、控訴人の同居者等のいずれの地位ないし関係にもなく、たまたま、右同日、右喫茶店に立ち寄つてカウンター内にいたところ、同日午後二時四〇分ころ、原判決の判決正本の送達がなされたので、控訴人の弟であつたからこれを受領したことが認められる。

右事実によれば、一宮秀次は控訴人の事務員、雇人又は同居者のいずれでもないので、原判決の判決正本を受領する権限を有しなかつたことが認められる。もつとも、<証拠>によれば、戸籍の筆頭者一宮盛次の戸籍の附票の謄本には、一宮秀次の欄に、「昭和五九年六月二〇日住所札幌市豊平区平岸四条一三丁目(未届)」と記載され、(もつとも、同号証によれば、「同年一〇月二九日申出により非居住確認の上削除」と記載された上、棒線で抹消されていることが認められる。)一宮秀次は、同年六月二〇日ころ以降、本件の送達場所に居住していたかのごとくであるが、<証拠>によれば同年六月二〇日東京から札幌に戻る旨決意をし、転出届をしたとき、右同所を転出予定先としていたが、同所にそのころ住居を移したことはなく、同年九月に現実に札幌市に居住し他の場所にその住居を定めたことが認められるから、右は前記判断を左右するものではない。

したがつて、結局、原判決の判決正本は、控訴人に対し有効に送達されたものということはできない。なお、<証拠>によれば、一宮秀次は昭和五九年七月二一日前記喫茶店において原判決の判決正本を受領した後、そのまま東京の住所に戻り、同年八月中旬、再び来札した折控訴人宅を訪れて、これを控訴人宅の家具(サイドボード)上に置き、そのころ、控訴人が右原判決の判決正本を発見し、これを事実上入手したことが認められるが、原判決の判決正本がこのように控訴人に渡つた経緯などに鑑みれば、原判決の判決正本が控訴人に対し、有効な送達手続によつて交付されたものと認めることは困難であり、また、控訴人自身このような重大な瑕疵のある送達を是認した等の事実も認められないので、控訴人がたまたま原判決の判決正本を事実上所持するに至つたからといつて、有効な送達があるものと認めることはできない(原判決に対する控訴期間を控訴人が現実に原判決の判決正本を入手した時点から起算するのは相当でない。)。

それゆえ、原判決については、いまだ控訴期間は進行していないというべきであるから、控訴人が昭和五九年九月二〇日に提起した本件控訴は適法である。

三次に、控訴人は、原審第一回口頭弁論期日呼出状及び訴状(以下「本件訴状等」という。)が控訴人本人に送達されていない旨主張するので、この点について判断する。

<証拠>によれば、郵便送達報告書には、控訴人が昭和五九年五月一九日午後二時一五分札幌市豊平区平岸四条一三丁目において、郵便による送達により本件訴状等を控訴人本人あてに交付し、かつ、控訴人本人がその受領印を押印したものとなつていることが認められるが、右事実に、<証拠>によれば、前記喫茶店において、郵便局員の芳賀日出男は、民訴法一六二条二項に定める送達実施機関として、右日時に送達場所である同所のカウンター内にいた男性を送達受取人である控訴人本人であると考え、そのことを確認することなく同人から印鑑の交付を受けて、右芳賀が受領印を押捺して控訴人本人として本件訴状等を交付し、民訴法一六九条一項による送達手続を終えたが、右男性は本件訴状等の送達名宛人たる控訴人本人でないことが認められる。したがつて、本件訴状等は控訴人本人に適式に送達されたものということはできない。

もつとも、送達名宛人たる控訴人本人に本件訴状等が直接送達されていなくとも、送達受領権限を有する、民訴法一七一条一項の送達名宛人の事務員、雇人又は同居者に本件訴状等が交付されていればたとい送達報告書の記載に誤りがあるとしても、有効に送達がなされたものとされることがあるので、この点を検討する(なお、本件においてはその他の送達手続の適否が問題にならないことは前記認定の送達手続に照らし明らかである。)。

<証拠>によれば、右芳賀日出男は前記日時に、前記喫茶店に赴き、本件訴状等を送達すべく、受領印の押捺のため印鑑の交付を求めたところ、前記喫茶店のカウンターの中にいた男性が「一宮」の印鑑を渡したので、これを郵便送達報告書に押捺の上、同人に対し本件訴状等を交付したこと、右男性の特徴は、年令的に若く、身長が約一七〇センチメートルで、太つてはおらず、ヘアスタイルは長髪であつたことが認められる。

ところで、<証拠>によれば、当時、前記喫茶店の従業員として働いていたのは、男性としては訴外開米勝美、同鈴木則綱の二人のみであることが認められ、更に従業員ではないが、控訴人の弟で、当時東京に在住の訴外一宮秀次が来札の際、前記喫茶店に立ち寄り、ときにはカウンター内に入ることがあつたことは前記二において認定したとおりである。

しかしながら、<証拠>によれば、当時、右開米勝美も、同鈴木則綱も、夜間(開米勝美は午後六時ころから午前三時ころまで、鈴木則綱は午後九時ころから午前三時ころまで勤務)にのみ就労しており、昼間はほとんど前記喫茶店に居ることがなかつたこと、現に、両名とも昭和五九年五月一九日午後二時一五分ころには前記喫茶店には出ておらず、本件訴状等を受領していないと述べていることが認められるところであるが、本件において、右供述に疑いを差し挟むべき事情は認められない(もつとも、控訴人本人は、証人芳賀日出男の証言に照らし、その身長、体型、ヘアスタイル等から本件訴状等を受領したのは訴外鈴木則綱ではないかとも供述するが、控訴人本人の右供述は、推測を出ず、右鈴木則綱の証言に照らし直ちに措信することはできない。)。また、<証拠>によれば、同人は昭和五九年五月一九日ころ来札しておらず、したがつて、前記日時、場所において、本件訴状等を受領していないことが認められる。

一方、<証拠>によれば、前記喫茶店の常連が従業員が忙しいなど差し支えがあつたときは、レジのカウンター横に置いてあつた控訴人の「一宮」なる三文判を押して伝票等の書類を受領することがときにはあつたことが認められるところである。

以上を総合するとき、本件訴状等を受領した男性が、前記の三名の男性のいずれかであるとも断定することもできないし、一方、店の常連の男性であるとの可能性も否定できないところである。

したがつて、結局、本件訴状等が控訴人の事務員、雇人又は同居者のいずれかにより送達手続上有効に受領されたものということはできない。

そうすると、前記各認定の事実に照らすと、原審は、第一回口頭弁論期日呼出状及び本件訴状を控訴人に対し有効に送達しないままに、訴状手続を進行した点において重要な訴訟手続違背があるとの評価を免れない。

四よつて、更に判断を進めるまでもなく、右の訴訟手続違背を理由に、民訴法三八六条、三八九条一項により原判決を取り消した上、更に弁論を尽くさせる必要があると認めて本件を原審に差し戻すこととして、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官奈良次郎 裁判官松原直幹 裁判官中路義彦)

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